個性を尊重する【朝礼スピーチ43】

個性を尊重する、とよく言いますが、みなさんの周りに個性的な人は多いでしょうか。個性を尊重する社会であるべき、という風潮ですが果たしてどういう意味でしょうか。意味を履き違えるととんでもないことになります。

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消してしまいがちな「個性」

 この世にただ1人として同じ人間はいません。つまり「個性」というものは万人に存在するもの、と考えて良いと思います。

しかし社会に出ますと、これを消してしまう方が楽に生きていける、という風潮があります。特に日本ではそういった教育をしてきた時代もありました。

しかしこれはダメな考え方だ、ということで実施されてきたのがいわゆる「ゆとり教育」でしょう。

悪いイメージの個性

 ゆとり教育を受けてきた者に対して「ゆとり世代」という言葉で揶揄(やゆ:からかうこと)することがあります。「個性を生かした教育を重視する」がモットーの教育ですから、まさに個性的な人間が多い世代、ということになります。

しかし社会に出ますと、一般的には「個性を殺される傾向」にあります。右へならえの列を崩すと、会社としての団結が乱れるから、という理由が多いように感じます。

しかしこれは「間違い」であると言えます。そもそも「個性を殺した人間」に成長は望めません。自分自身でないのですから、それは当たり前です。個性を尊重するからこそ、自分らしく生きるからこそ成長があるのです。

「個性」と「好き勝手」は全く違う

 ただし、個性的であることと、好き勝手やっている、ということは全く意味が違います。これを履き違えていますと「ゆとり世代」と揶揄されるのです。
ちなみに好き勝手とは

他をかえりみず自分の思うままに振る舞うこと
※出典:Weblio辞書

となっています。他をかえりみない人間は会社に不必要です。

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